永遠の反復はゆるゆるとした日々の生活の中に潜み、その場からの脱出の可能性のヒントも案外そう遠くないところに隠されているのかもしれない。田中功起

1.「無数にありえたかもしれない世界の可能性」への魅惑 ― システムと世界の多層性

考えごとをしながら公園を散歩していたのだけど、芝生は太陽に照らされて青々としているし、噴水はキラキラと光って僕を誘惑するので、幾度もそれらに意識を奪われてしまう。思考に集中できず仕方がないので、僕は上手に言い訳を作ろうとする。そして僕は「焦りで張りつめた身体を弛めることで思考を柔らかくする」という理由をでっち上げる。理由がないと環境が僕に侵入し意識を自然に浸せないことを「かっこ悪いな」と思いながら、僕はリュックサックからブルーシートを取り出す。僕は大木の下にできた涼しそうな木陰の上にそれを敷き、辺りの人たちが楽しそうにはしゃいでいるのをぼーっと眺める。

大学生グループの楽しそうな声や笑顔は、じんわりとなんともいえない幸せな気持ちにしてくれるし、ジャグリングしている外国人の手さばきと次々と宙を舞うボールたちは、僕から視点を奪うのに十分だ。木陰から差し込む木洩れ陽は身体をぽかぽかと暖めてくれて、とても気持ちがいい。それら一つ一つのフレームは一つの絵として十分なのに、それらが部分的に重なって響き合い、僕はいよいよ思考するどころじゃなくなる。思考の入り込む隙間がなくなるほど、自然が僕に、僕が自然になっているので、言葉の世界に入り込むのを諦めて、僕はごろんと寝転がる。

日差しが眩しい。僕は横向きになる。すると、芝生が顔をチクチクと刺激して、僕から意識を奪う。視点はその芝生の細部に合わせられる。僕は小さい虫が芝生の上を這っていることに気がつき、芝生の隙間から土が顔を出していて、一瞬虫の視点に立ってしまい、驚く。そして、表情に出ていたかどうか分からないけれど、僕は笑ってしまう。にやついてないか周りの視線を気にしながらも、僕は顔をゆっくりと上げ、もう一度あたりを見渡す。僕は虫と芝生と土という配列に驚いたのではない。虫の視点によって、世界の多層性を教えられたことに驚いたのだ。その驚きは、辺りを眺めたときに出会う各々のフレームが持つ複雑性と同様の複雑性が、虫の視点という一見小さなスケールにも見出せてしまうことだった。そこにあった小さな世界の大きさ、小さいものが大きいものと同様に大きいことへの驚きである。

そしてこの発見は、僕が田中功起作品を鑑賞するときに見出すことでもあった。彼の作品を見ていると、僕が芝生の上に寝転がり、虫の視点に取り込まれた時のように、声にならない笑いが内側から沸き上がる。彼の作品の持つ「魅惑」は、僕たちをシステムの外側まで手招きする。それは世界の多層性に気づかせてくれる小さな、そして大きな冒険への誘惑であり、僕たちが身近な出来事を身近でない水準まで解像度を上げて眺めることを可能にする。

以前、田中は自らの活動に対して「無数にありえたかもしれない世界の可能性を探すこと」と表現している。単に公園を歩くことが、本来ある種の陶酔であってもいいはずである。自然に身体が浸され、様々なモノたちの異なる時間の流れを感じることを、恋に落ちることと見なしてもいいはずである。しかし、僕たちは社会生活を営む中で、別の可能な世界に気づくことができない。それは「ある」。しかし、システムの中ではその存在を感じることができない。田中はその「無数にありえたかもしれない世界の可能性」を探しだし、その方向へと僕たちを「魅惑」することで、システムから脱出する可能性を与えようとしているのだ。

確かに田中の作品には「魅惑」がある。しかし、共感の共同性は共感の限界とともに閉じてしまう。あるいはポピュリズムの罠に引っかかってしまう。それは作品の可能性を限定するだけでなく、アートの可能性も限定してしまうだろう。よって、このテキストが田中功起作品と彼のテキストから思考した痕跡なのだとしたら、重要なことは、彼がいかなる「魅惑の形式」を用いて僕たちを誘い込むのかという点である。作品に「魅惑」があるのであれば、その「魅惑」がいかなる形式として制作されたかについても詳細に記述しておかなくてはならない。

第一に、それがどのような方法で「魅惑」するのかについて。第二に、多層的世界へ進むとは何を意味しているのかについて。言い換えれば、“how”と“what”を分析しなければならない。まずは「魅惑の形式」を定義することから始め、田中がシステムに対してどのような方法でその形式を制作し、それが何を意味しているかを記述していこう。

「魅惑」は、他者を惹きつけ、さまざまな限定的関係性を結びたいと思わせるものである。僕たちは魅惑されることで、さまざまな関係性を結びたいと動機づけられる。その複数の接触の束がモノに生々しい「自律性」「代替不可能性」「この性」「人格性」を賦与すると同時に汲み尽くせない「秘密」を産み出す。「魅惑」は「接触することなく触れること」ではなく「さまざまな仕方で関係性を結びたいと思わせる」技術である。美術家はオブジェクトを惹きつける新たな「魅惑の形式」を発明することで、モノから「商品」ではなく「芸術作品」を生成する。上妻世海「芸術作品における「魅惑の形式」のための試論」

ここで僕が「魅惑」と呼んでいるのは、一面的な関係性を規定するシステムを超えて、異なる様々な仕方で関係を結びたいと僕たちを動機づけることである。

そして「魅惑の形式」の新たな開発こそが美術家の役割であると、僕は考える。モノはつねにひとつの仕方で「壊れる」のではない。ハンマーが文字通り「壊れること」を通じて「見ること」「触ること」とは「違う仕方」で、他者を魅惑し、さまざまな関係性を結びたいと思わせる形式を発明しなければならない(誰でも思いつく一例を挙げれば、イメージと言説による神話創造によってつくり出されたデュシャンの《泉》を思い起こしてほしい)。「読むこと」「聴くこと」「見ること」「分析すること」などさまざまな限定的関係性の束によって、モノは自律性を賦与されるのだから。上妻世海「芸術作品における「魅惑の形式」のための試論」

例えば、普段僕たちはハンマーを「釘を打つもの」として一面的な関係を結んでいる。しかし、それが壊れた時、僕たちは初めてそれと真摯に関係する。すると、把手の触感や装飾に気がつくことになる。その感触は、「釘を打つもの」とは別の仕方で、ハンマーの可能性を転用することになるかもしれない。ここで壊れるのはハンマーではなく、僕とハンマーの間に結ばれたシステムが規定する関係性が壊れたのである。そうすることで別の可能性へと開かれ、そのハンマーと異なる関係を結ぶことによって、そのハンマーは他のハンマーとは異なる「“この”ハンマー」になる。

もちろん多くの場合、壊れたハンマーは単に捨てられ、代わりに別のハンマーが購入されるだけだ。何故なら、僕たちは大量生産された市販のハンマーに「魅惑」されることがないし、そもそもハンマーは生産される段階で異なる関係性を結ばれることを目的としていない。

しかし別の例で、僕たちは絵画を見た時、綺麗だねとか美しいとか、紋切り型の表現で済ませることができるにもかかわらず、時に深い読解をしたいと突き動かされることがある。それによって否応なく、僕たちは作家やその作品が作られた時代背景について調べたり、使われているメディウムについて研究したり、技法について実験したりする。僕たちは「魅惑」され、既存の意味は破壊し、異なる関係を結ぼうと突き動かされる。それによって初めて、その絵画は僕にとってかけがえのない絵画となる。

田中はその衝動を、フロイトの「終わりある分析」と「終わりなき分析」と重ね合わせ、次のように説明している。

「終わりなき分析」は「分析者と被分析者とのあいだの転移」により「終わりなき」ものになります。この文脈を美術に援用しますと、まず作品そのものが内包する意味=オブジェクトレヴェルを「終わりある分析」、作品と観者の関係=メタレヴェルを「終わりなき分析」と言えるでしょう。つまり批評家(あるいはもっと広く観者)は作品との「転移」関係により「終わりなき」作品読解へと引き込まれていくのです。田中功起「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」

ここで田中が議論していることは、まさに上記で僕が「魅惑」について語っていたことに等しい。田中の議論を引き受けると、僕は「魅惑」を「終わりある分析」から「終わりなき分析」へと引き込むものとして定義できる。確かに僕は彼の作品を「終わりある分析」として、紋切り型の意味で消費することもできた。しかし、このテキストはまさに僕自身が田中の作品によって「終わりなき分析」へと「魅惑」された結果、何度も彼の作品を鑑賞し、彼への批評や彼が書いたテキストを読解することで書かれたものである。僕はどうやら、彼の作品と「転移」関係に入り込んでしまったらしい。そして、これは田中作品が僕にとって、「魅惑」を持っているということを示している。

「魅惑の形式」について語ることは難しい。何故なら、そのモノに「魅惑」があるか否かは、「魅惑」された後にのみ断定できるからである。それは恋に落ちることと似ていて、僕たちは強烈な美人であるからといって必ずしも魅惑されるわけではないし、あるいは世間的には美しいとされていなくても時に恋に落ちるように、普遍的に語り得るものではない。しかし、この論考が田中作品の「魅惑」について語るものであるのなら、「あるものはある」というトートロジーを抜け出さなければならない。そして幸運なことに、田中作品の場合はそのトートロジーのさらに深部へと進む糸口があるように思われる。何故なら、彼は驚くべきことに、作品がまだ世に知られる以前の2000年7月に「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」というテキストで、システムとシステムへの抵抗としての方法について記述しているのだ。それは、彼がいかにしてその形式を制作しているのかを知るためのヒントになる。まずは彼が示した時代的な二つの特徴について引用する。

「ポストモダン的状況」においては、人びとはコミュニケーションが成り立たないほどにバラバラに分断されてしまっています。こうした時代では「普遍的な意味」を持つこと自体が難しく、自分が属する共同体の価値が必ずしも隣の共同体の中でも価値を持つとは限りません。たとえば「現代美術」において意味を持ちうるものが、「コギャル」においてそうなるとは限らないように。そしてそうした世界では安易に「強度」にすがるものが出てくることも必然でしょう。圧倒的な「強度」を頼りに、「他者性」さえも消し去って、個人の内部に沈潜し、その中でフェティシズムを開花させたような、そうした「強度」にすがる作品が溢れていることは誰しも承知のことです。「ユーモア」とはそうした「フェティシズムの強度」を持った「笑い」とは根本的に異なる精神態度であることは言うまでもありません。広大な無限遠点からのささやかな笑い=微笑としての、この「低速」時代に対応する「ユーモア」。田中功起「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」

まず「理論的」であらねばならないという脅迫、そしてそれの反動としての「反理論的」であるべきだという脅迫、また、アメリカという特殊な状況下においての批評表現が「ファッショナブル」であらねばならないという脅迫、そして「政治的解釈」を迫られるという脅迫、最後が「イコノロジー」解釈の限界が示されているのにもかかわらず、いまだに力を持つという意味での脅迫。ここでは詳しく触れませんが、ボワはこうした「脅迫」あるいは「期待の地平」を「ポリフォニック」に受け止め、なおかつその横をすり抜けていく方法論をとろうとします。これはゴンザレス=トレスにも当てはまる態度でしょう。彼はそうした「期待の地平」の中でいくつかのコードに接続し、「ポリフォニック」な態度でそれらを回避していこうとします。田中功起「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」

第一に、彼は現代の「ポストモダン的状況」において、自分の属する共同体の価値が隣の共同体の価値と一致するわけではないと述べている。僕たちは初期条件としてバラバラになってしまっている。そして、バラバラになった共同体同士のコミュニケーションは、仮に物理的な距離が隣であったとしても、インターネットによって高速でつながっているとしても、メッセージは様々な場を経由し誤読され単純化されることを経て、初めてお互いが通じあうことになる。そして、彼はその状況下を「低速」時代と評し、強度にすがる作品が増えることは時代的必然であり、それに対抗する「ユーモア」という方法論の可能性を仄めかしている。

第二に、イヴ=アラン・ボアの主著『Painting as Model』の議論を紹介する形で、現代が抱える五つの脅迫観念について述べている。それは「理論的」「反理論的」「ファッショナブル」「政治的解釈」「イコノロジー」という相反するものであり、そういった「期待の地平」をいかにして超えるべきかが模索されている。そこで模索されているのは「いくつかのコードに接続すること」であり「ポリフォニック」な態度である。

彼は上述した二つの時代的困難に対して、「ユーモア」「ポリフォニック」「いくつかのコードに接続すること」という方法論を用いる。彼はまず時代的な、地域的な環境を分析した上で、それに抵抗する方法論を模索し、それをごまかすことなく精緻に記述しているのだ。

まずはバフチンの「ポリフォニー」の定義を引用する。

それぞれに独立していてお互いに解け合うことのないあまたの声と意識、それぞれがれっきとした価値を持つ声たちによる真のポリフォニーこそが、ドストエフスキーの小説の本質的な特徴なのである。彼の作品の中で起こっていることは、複数の個性や運命が単一の作者の意識の光に照らされた単一の客観的な世界の中で展開されてゆくといったことではない。そうではなくて、ここではまさに、それぞれの世界を持った複数の対等な意識が、各自の独立性を保ったまま、何らかの事件というまとまりの中に織り込まれてゆくのである。実際ドストエフスキーの主要人物たちは、すでに創作の構想において、単なる作者の言葉の客体であるばかりではなく、直接の意味作用を持った自らの言葉の主体でもあるのだ。ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』

これを田中は次のように説明している。

「ポリフォニー」とは、「低速化」し、風通しが悪いこの時代において、分断された共同体を繋ぐために、さまざまな場所において望むべき態度をも示しているように思えます。それはまさに、分断された共同体へと自ら出向いて「それぞれの場を揺るがす力のある言葉を使」って、いわばむりやりに「他者」とコミュニケートするために必要不可欠な態度なのです。田中功起「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」

彼の言う「ポリフォニック」な態度とは、自らの属する共同体から外に出ること、そしてバラバラになった様々な共同体に自ら出向いて、それぞれの場を揺るがすことを志向する態度を指している。それはバラバラな状態を受け入れ、絶望し自らに自閉的になるのではなく、誤読され単純化という暴力に晒されたとしても、勇気をもって外と接続することである。その際に重要になるのが「ユーモア」であろう。単に外に出向くのではなく、アイロニカルな態度で他者と接するのでもなく、彼が志向するのは「ユーモア」なのである。

フロイトが書いた論文の中で比較的短いものの中に「ユーモア」があります。その中でフロイトは、「ユーモア的な精神態度」は自分だけでなく、他人に対しても向けられるものだと言ったあとにこう述べています。

「すなわち、この人(筆者註:ユーモアを持つ人)はその他人にたいしてある人が子供にたいするような態度を採っているのである。そしてこの人は、子供にとっては重大なものと見える利害や苦しみも、本当はつまらないものであることを知って微笑しているのである。」

「ユーモアとは、ねえ、ちょっと見てごらん、これが世の中だ、随分危なっかしく見えるだろう、ところが、これを冗談で笑い飛ばすことは朝飯前の仕事なのだ、とでもいうものなのである」。田中功起「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」

さらに、このテキストを紹介している対談から引用しよう。

フロイトが書いたユーモアについての短い論文があるのですが、ユーモアというものは、必ずしも声を出して笑うものではなくて、精神的解放に焦点を当てた態度だと書いています。たとえば死刑囚が絞首台に行く前に「明日の夕食はなんだろうな?」って連れにきたひとに聞く、これは誰かを攻撃し、貶めるために使われるアイロニーとちがって、ほっとする笑いを誘う。その重い空気がこのユーモアによって開放される。そのときぼくはこれをフェリックス・ゴンザレス=トレスの作品にも感じると思っていました。たとえば、彼と彼のパートナーの体重を足した重さになっている銀のキャンディの作品。すこしずつ持ち帰られることで減っていく、これは身体が死に向かっていくことのメタファーでもあるのだろうけど、じっさいは、減ってきたら足さなければならない。だからこれはむしろ生そのものや延命のメタファーでもある。それが、ふたりが亡くなったあともいわば永遠になくならない意味で、だれかによってふたりの愛が延命されているように思えてきて、なんかユーモラスで、優しい気分になります。この意味での、ユーモアのある作品を作っていきたいとは思いますね。田中功起+三木あき子「無数にありえたかもしれない世界の可能性」

田中はむりやりにでも「他者」とコミュニケートするために必要不可欠な態度として、「ポリフォニック」な態度を挙げた。しかし、他の共同体とコミュニケートすることは、誤解や単純化を伴う不安との戦いでもある。僕たちはその不安から、他者に対してアイロニカルに構えたり、分かりやすく盛り上がりやすいものに頼ってしまう傾向がある。しかし、田中が用いるのは、誰かを攻撃し貶めるために使われるアイロニーではなく、他者がほっとする笑いを誘うような仕方でコミュニケートすることである。換言すれば、重い空気が「ユーモア」によって開放されることに、彼はこの困難に対する活路を見出している。彼は現代の状況を踏まえた上で「ユーモア」という方法を意識的に採用した。それは、彼が「ユーモア」について彼が記述した章のタイトルを「低速度の誤解世界を生き抜くために」としていることからも明らかであろう。

田中が示した現代における三つの方法のうち、最後の一つは「いくつかのコードに接続する」ことである。彼はゴンザレス=トレスがジェンダー論的に解釈されたり、ミニマリズムと関連して批評されることを挙げて、「いくつかのコードに接続する」ことを示す。

ゴンザレス=トレスは批評的なレヴェルにおいて、いくつかのコードに同時に接続し、ポリフォニックに振る舞っています。このゴンザレス=トレスの方法論的なポリフォニック性は彼の置かれている状況に負う所が多いようにも思えます。先に示した「低速」状況下では批評においてもいくつかの断絶化がおき、それによってゴンザレス=トレスの作品はいくつかの批評言語によって分断されながら評価されることになります。つまり、いくつかの批評コードに彼の作品は回収されるのです。これに関しては彼自身も自覚的であったようですが、彼はそれらの批評を並べ、進行状況を眺める観者を装います。田中功起「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」

確かに、ポリフォニックに振る舞うことで批評上の複数のコードに接続することは、分断された価値体系を可視化し相対化するだけでなく、それらを繋ぐ意味においても重要だろう。しかし、上記の三つの方法を受け入れた上で、さらにその後展開した彼の活動の幅広さ、往復書簡『質問する』やポッドキャストでの『言葉にする』、あるいは建築家やデザイナーなどの異なる分野の人びとへ批評を書いたり対談を行ったりしていることを顧みると、批評的なレベルを超えて、ジャンル的な横断すら行っているように思える。

上記の三つの方法は、田中がゴンザレス=トレスを批評する中で、ミハイル・バフチン、ジークムント・フロイト、そしてトレス自身から引用したものである。しかし同時に、それは彼が「断絶」と「脅迫」の時代の中で、いかにして「期待の地平」を乗り越えるかを真剣に考え、導き出した彼自身の方法でもある。彼は「ポリフォニック」な態度で、「ユーモア」を実践することでジャンルという「コード」すら横断する。それは異なる価値体系の間で分断された僕たちを魅惑し、僕たちを紋切り型の記号的解釈のさらにその奥へと誘い込み、分断された各々の共同体の間に新たな共同性を立ち上げるのだ。

驚くべきことは、彼がまだ比較的無名であった2000年に、このテキストが書かれていることである。この事実は、田中功起と彼の作品について考える上で、見逃せないものであろう。何故なら彼は、東日本大震災後にループや日常を扱ったヴィデオ作品から政治的転回を果たしたと解釈されることが多いからだ。しかし上述したように、彼は2000年7月の段階で、バラバラになった僕たちを再度繋ぐものとして制作を捉えていた。これは彼が2011年の震災後に転回したわけではないことを証明している。そうであるならば、彼の初期の作品群は、これまでのように美的な解釈だけでなく、現代の問題を引き受けた上でのある種の抵抗装置として解釈しなければならないだろう。その装置は、僕たちの身体に働きかけることで、固着化している一面的なシステムを破壊し、僕たちを多層的世界に魅惑する。次の章からは、その点について記述していくことにしよう。これまで、田中功起の作品群は可能性の中心を見逃されてきたのだ。

2. 時間を解放する装置として ― 具体的身体と現実空間の見立て

彼が制作する「魅惑の形式」は、時代背景を分析する中で生み出された方法によって生み出されたものであり、その方法は「ポリフォニック」な態度、「ユーモア」、「いくつかのコードに接続すること」であった。そして、そのことを宣言したテキストは2000年に発表されており、その事実に基づいて考えると、彼の作品は震災後に政治的転回を果たしたのではなく、一貫して「低速度の誤解世界を生き抜くために」制作されたモノであると解釈されなければならない。もちろん彼の作品は美しいコンポジションで構成されており、美的に解釈することもできる。しかし、彼は活動の当初から、バラバラになった僕たちを繋ぐ装置として、制作を考えていたのだ。

例えば《beer》(2004)は、一見するとビールがコップから溢れ出ても注がれ続けるだけの映像だが、現代美術という制度とコップから溢れ出すビールという形式のズレは、死刑囚が絞首台に行く前に「明日の夕食はなんだろうな?」と連れにきたひとに聞くのと同じく、ふとした笑いを生み出す。そして、そのユーモアにつられて映像を眺めていると、ビールの黄金色と吹き上がる泡の不思議なフォルムが僕たちの目を奪うだけでなく、同時に「真摯に見ること」がフォルムを浮かび上がらせることに対する驚きを与えてくれる。僕たちはその形に魅せられる。そして、その形は僕たちにとって、これまでも「あった」にも関わらず、これまで「見えなかった」ものになる。つまり、僕たちはビールをコップに注ぐとき、いつも、各々のビールの泡と黄金色と出会っているはずであったが、それとすれ違っていたという認識が生まれることで、「これまで」と「これから」が重なりあい、世界が多層化するのだ。

それは制度と知覚の関係性について、僕たちに思考させる。彼は「ユーモア」をうまく利用することで、僕たちを作品と「真摯に」向き合わせ、次のような疑問を僕たちに抱かせる。何故僕たちは普段からそこにある世界に真摯に向き合うことができないのか? 何故優れた芸術はそれを可能にするのか? あるいは、僕たちが芸術なりテクノロジーの媒介なしに、何かに向き合うことができないのは何故か? つまり、田中の作品は「言語」だけでなく「見立て」なり「テクノロジー」といった、一見身体の外側にある「道具」によって、僕たちの知覚可能性が限定/拡張されることを浮き彫りにするのだ。

ここで重要なことは、このユーモア→真摯に見ること→世界の多層性→制度と知覚の関係という解釈が、単なる僕の深読みではなく、田中自身も意図していると思われる点にある。仮に彼がその意図を否定したとしても、少なくとも田中の無意識が作品に反映しているとは言えるだろう。何故なら、田中は『質問する』という往復書簡形式の連載において、「作ること、作品、見ること」という三対の関係性について思考していて、一見自律的だと考えられているものの関係的な基盤について述べているからである。引用しよう。

・作り手の視点から
1) 「見せる」ことを「作る」ことに優先する
展覧会(時間空間的に限定された一回かぎりのもの)というフォーマットから演繹的にできあがった作品 インスタレーション パフォーマンス リレーショナル・アート

2)「作る」ことを「見せる」ことに優先する
作品の成立を展覧会よりも優位に置く
2-1) 「作る」ことを「見せる」ことに限定しないように回避する
コンセプチュアル・アート アイデア
2-2) 「見せる」ことに無頓着に「作る」
孤独化 アウトサイダー 制度のうちにおさまらない

3) 「見る」ことを複数化し、時間空間に限定させない
作品のオリジナリティを複数の潜在可能性へと開く。記録しかない作品(現存しない作品、公開を前提としない作品)+再撮影+カタログ(テキスト)+ウェブ(テキスト)+αへと複数化する。作品を時間空間のずれのなかに再配置する。田中功起「気づいたことのまとめとリスト」

この田中の記述は、「作ること、作品、見せること」という三つの要素の各々の変化が、時空間の変容と関係していると考えていることを示している。つまり、彼は「作品の自律性」やニュートン/ユークリッド的な「絶対空間」「絶対時間」という近代の幻想を、「作ること」と「見せること」の関係のあり方によって変容するものと捉えているのだ。そして、彼は「見せること」と「作ること」の関係の質の中から、制度的限定やその外側にある潜在的可能性を見出すのである。

彼は『Tokyo Source』でのインタビューにて、こう述べている。

「見たことのあるものは見たくない。芸術を通して見たことがない世界が見たい」というようなことを言われたことがあって…。たとえばビールを全部あふれるまで注いだことがある人はどれだけいるんでしょうか。同じスニーカーがそれも階段からどんどん落ちてくるということを実際に見たことがあるひとがどれだけいるでしょうか。でもそのひとには「見たことがあること」に見えたわけだし、そう言われてしまえば仕方ありません。Tokyo Source「TS6 : 田中功起」

しかし、《beer》(2004)の射程はさらに広い。溢れ出すビールは、「見たことがありそう」で「見たことがないもの」なだけでなく「見たこと」がないことが「見える」という驚きを通じて、制度と知覚、さらには芸術とは何かという問いまで、僕たちを迷い込ませるのである。そのために、彼は身近なものを意図的に用いている。

むしろ手に取れる身近なもののなかにこそ見たことがないなにかがあるのではないかと思っています。たとえば映画「エイリアン」を見たとして、それはたしかに見たことがない生き物ですけれども完全に虚構なので、現実との距離があまり関係なくなってしまう。現実のなかにあるものを「見たことがない状態」にもちこんだ方が、現実との距離がものすごく遠くなり、それが無限になったときにそれは「見たことがないもの」になる。Tokyo Source「TS6 : 田中功起」

このような発言の背景には、やはり田中が「見ること」の純粋性を無批判に前提にするのではなく、僕たちの現実は「見立て」の機能によって変容すると考えていることが分かる。「見立て」がSF映画のように強すぎた場合、それは虚構の中の現実性としてすんなりと受け入れられてしまう。それは現実を揺るがすことができない。よって、彼は現実を規定している時空間の前提条件をうまく操作することによって、「見たことのあるとされているもの」から「見たことがないもの」を作り出すのだ。

映像のなかで起きていることにはあまり現実感がありません。たとえば、ゴジラが映画の中で東京をいくら破壊しても、だれも実際の「この東京」が破壊されたってパニックになるひとはいませんよね。それは「映画というフィクション」であり「現実」ではないんだというお約束を映画館で見ているすべてのひとがわかっているからです。そのうえでスクリーンの向こう側のフィクションとしての東京が壊される。そこに娯楽性があります。現実は現実のままで脅かされるわけではない。映画館を出ればだれもが普段の生活に戻ります。だれもゴジラが東京にくることを心配しない。映画の娯楽性とは違ったおもしろさをぼくが映像に見出すとすれば、それはそれを見たときに現実が脅かされるようなものに対してです。たとえば心霊写真が怖いのはそれが現実だと感じられるからです。現実に幽霊がいるように見えるから怖いわけですよね。Tokyo Source「TS6 : 田中功起」

彼にとって、映像の娯楽性と異なる面白さとは、それが現実を揺るがすことを可能にすることにある。彼は「お約束としての虚構性」ではなく「現実としての虚構性」を示す。それは「映画館を出ればだれもが普段の生活に戻る」のではなく、「美術館を出ればだれかが普段の生活とは違った時空間を生きる」ことを目指している。そこで真に変容の対象とされている媒体は、僕たちの身体である。それは抽象化された鑑賞者としての身体ではなく、経験によって変容する/してしまう具体的な各々の身体である。

しかし、田中作品のこの側面は見逃されているように思う。例えば、ガブリエル・リッターは『〈エンドレス〉から〈エブリデイ〉へ:田中功起の映像作品』というテキストにて、2001年の「セゾンアートプログラム・アートイング2001 − 生きられた空間・時間・身体」にて発表された《Grace》について批評している。

何もない教室の一角、その床に大きなモニターが置かれビデオ映像が流されている。そこにはバスケットボールをヴィデオモニターに置き換えることによって、田中は、現実の世界とヴィデオがループする〈エンドレス〉な瞬間を重ね合わせる。そこでは、ヴィデオに映し出されたバスケットボールと実際の教室という二つの別々の現実を観客がひとつのものにしてゆくことが目論まれている。

そこでアーティストは非常に単純化した一対一の関係を空間において作り出すために、バスケットボールをヴィデオモニターに置き換えているのだ。その単純化は、この作品のダイナミックなコンセプトとは呼応していないけれども、そのようにして、このインスタレーションの方法は鑑者に日常の経験からは切り離された、隔離されたヴィデオの経験をもたらす。ガブリエル・リッター「〈エンドレス〉から〈エブリデイ〉へ:田中功起の映像作品」

ガブリエルは《Grace》を、現実とヴィデオの対比関係を生み出すことで、現実とは異なるヴィデオ体験を鑑賞者に与える作品として解釈している。そこで彼は、鑑賞者が抽象化/画一化された身体によって、二つの異なる現実が一つに統合されることを前提としている。しかしこれまで見てきたように、田中はいかに鑑賞者の身体に働きかけるかということを考えている。そしてそれこそが映像の可能性であると述べている。よって、僕は《Grace》をヴィデオ作品としてではなく、各々異なる身体を持った具体的な観客に「現実とされている虚構」と「現実としての虚構」を往還させることで、時間の多層性を浮かび上がらせるためのインスタレーションとして解釈したい。

《Grace》は、抽象化/画一化された身体を前提とすると、この作品の可能性の中心を見逃してしまう。彼の試みは、現実の前提条件となる「見立て」を操作することによって、具体的な各々の身体に働きかける。プログラマーにとって目の前のコンピュータがインターフェイスとソースコードの二重構造をもっているように、フォーマリストが作品の物質性や媒体の物質的条件を暴きだすように、それは時間の虚構性や条件を露わにするのである。

彼の作品群を「日常系」※1などと形容するのではなく、時間のフォーマリズムとして解釈すること。それはこれまで一見異なる作品と解釈されてきたいくつかの作品が、共通の関心から作り出されていることを教えてくれる。

例えば、《moving still》(2000)、《just on time》(2002)、《by chance (2 ducks)》(2003)は比較的近い時期に作られているが、モチーフが異なるため同じ系列として述べられることが少ない。しかし、上記のような視点から見れば、倒れた缶からコーラが流れ続ける《moving still》も、水面を三十分に一度カルガモが通り過ぎる《by chance (2 ducks)》も《beer》と同じように、僕たちがそれらを単なる「コーラ」や「水面」だと記号的には理解していても、否応なくそのフォルムが意識を奪い、「制度」と「見ること」の関係を可視化していることが分かる。それだけでなく、そこには異なる種類の「時間の形式」が構造として埋め込まれていることも了解される。

《moving still》では、異なるシークエンスのモンタージュとして物語を立ち上げるのではなく、空間の形式を静的に捉える写真的な方法でもなく、流れるコーラのシークエンスをループすることによって時間性を切り抜き、「時間の形式」を自律的なものとして扱う。それは人々が時間を真摯に見ることを可能にする方法である。物語としての時間という大きな枠組みの中には、それと同等に大きな、しかし集合論的には物語の部分集合のように捉えられる時間が流れていることを、僕たちに教えてくれる。つまり、一は多であり、多は一なのである。

さらに「時間の形式」について明示的なのが《just on time》である。この作品は、哀川翔主演の典型的なやくざ映画における「襲撃を受けて振り返るやくざ=哀川翔」と「手下を引き連れてビルの一室を襲撃しようとするやくざ=哀川翔」という二つのシーンを交互に反復しているだけの映像である。しかし、その反復をぼーっと見ているだけでも、ある構造に気がつき笑ってしまう。そこではすでにデータベースと化しているやくざ=哀川翔が一貫した物語から抜き出され、「襲撃を受けて振り返るやくざ」と「手下を引き連れてビルの一室を襲撃しようとするやくざ」が、物語の外側でダンスしていることに気がつかされるからだ。この作品は、やくざをテンプレ化したやくざ映画をさらなる形式のテンプレ化の束へと笑いとともに僕たちを誘惑している。それは僕たちを物語の前提にうごめく素材の集積へと、編集と二次創作の場へと誘惑するのである。

彼が単なるパターンの形式性にではなく、より解像度高く「時間の形式」に焦点を当てていることを明確にするには、水面の三十分の長回しの最中に一度カルガモが通り過ぎる《by chance (2 ducks)》を経由するのが良いだろう。何故なら、これも反復による「時間の形式」の自律化であるが、そこでは、鑑賞の時間という形式に対する挑戦が込められており、上記の二つの作品と比べることで、形式のスケールの複数性を見出すことができるからである。僕たちは三十分に一度カルガモが通り過ぎるという時間のスケールで作品鑑賞することを前提としていない。しかし、そのような時間はある。制度が前提にしている時間と異なる時間の形式を提示することで、無意識のうちに前提としている時間が意識上に生成されるのだ。

田中は、日常の中で形式を透視し、その形式を操作して制作することで、形式のズレを生み出す。それは彼が用いる「魅惑の形式」であり、僕たちが日常の中で「見ることがない」が「そこにあるもの」に真摯に向き合わせてくれる。鑑賞者は、彼が作り上げた「魅惑」に引きつけられることで、「真摯に見ること」を通じて形式のズレを認識し、笑う。そこには彼の自律性を媒介にして共同性を生み出すという戦略がある。田中はその戦略を、心理学者の高木光太郎を引用することで示す。

あらゆる記憶はその人だけのものであって、他者と交換することは不可能です。つまり記憶を媒介にして他者と機能的に関わることはできない。しかし、むしろ、こうして記憶が個人の身体に閉じていることで他者との関係性が生まれるのではないでしょうか。高木光太郎「想起の記憶、他者の記憶」

閉じていることで、その閉鎖性を支える前提となる関係性へと開かれること。彼は自律的なループ作品を作っているときでさえ、それを媒介に異なる価値体系や振る舞いを持った身体に働きかけ、現実を揺るがすことで、バラバラになった共同体の間に、新たな関係を生み出す可能性を模索していた。

そして、彼はその方法として、作者の視点だけでなく、鑑賞者の視点についても思考していた。単純に自律するのではなく、その自律を媒介にするために、「オブジェクトレヴェル」の自律性と「メタレヴェル」での視点の交差を考えているのだ。

まず、オブジェクトレヴェルとはまさに作品であるし、第一のメタレヴェルとは作者の視点であるし、第二のメタレヴェルとは観者の視点であると言い換えられます。……そしてなおかつその先で、すべてが解釈されたとき、それらが巨視的に見れば単なる言葉遊びのジョークにすぎないというばかばかしい開放感が待ち受けています。
こうした読解は〈作品と観者〉の関係があるかぎり続いていくでしょう。それは無限の「転移」関係により永遠に続けられるまさに「終わりなき分析」です。田中功起「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」

3. 視点の交差交換と創造性 ― マトリクスの生成、その変換と操作

ここで先ほど引用した、作り手からの視点で「作ること」と「見ること」について田中が整理したものを思い出してほしい。彼は「見ること」と「作ること」の関係のあり方によって、時空間が制度的に限定されること、あるいは拡張されることについて考えていた。しかし、上記のように彼が作品を媒介にして、鑑賞者との関係を生み出すことを考えていたのなら、彼が作り手からの視点だけを論じているわけではないと予想がつく。田中にとって、その両者の視点の交換の先に巨視的な視点が生じ、ジョークにすぎないというばかばかしい開放感が待ち受けているのだから、両者の視点について考えることは必然的なのである。

・観者の視点から
1)「見る」ことを「作る」ことと同等とする
受容美学 見ること/解釈の自由 観者と作者を同一平面に置く 作者からの解放
2)「作るひと」と「作られたもの」を分離し、「作られたもの」を「見る」
作品と観者の断絶を受け入れた上で「誠実に見届けること」田中功起「気づいたことのまとめとリスト」

これは「作る側」だけでなく「見る側」からの視点によっても、時空間の限定/拡張が生じることを示している。制度的限定の中で前提とされている鑑賞の態度は、上記の分類のうちの一つにすぎない。そのような態度は制度的限定を暗黙の前提としており、「作品」の持つ時空間の潜在的可能性を考慮すると、僕たちが異なるモードを必要としていることが分かる。そして田中との議論の中で、保坂健二朗はそのモードについて次のように語る。

病気だけに目を向けるのではなく、たとえ理路整然としていなくとも、患者の語りに耳を傾け、患者が物語を語ろうとする姿勢を、道徳的に見届ける。クラインマンは、治療というものをある種の共同作業として捉え直していきます。分析・解釈・判断よりもまず「見届けること」を重視しようとするその姿勢は、彼の精神科医としての経験と、そしてアジアにおける医療の調査に基づいているわけですが、美的体験における作品と観者の関係を考えるときにも、極めて示唆的です。保坂健二朗「見届けること」

ここでは分析・解釈・判断よりも、まず「見届けること」という態度の優位が説かれている。翻って言えば、「見る側」の視点が分析・解釈・判断という態度に一元化していると、時空間も制度的限定から解放されえないことを意味している。もちろん「作品」は制度的限定を意図されている(「見られること」を「作ること」より優先する)場合でさえ、それを逃れる可能性を持っている。しかし、ここで彼が示しているのは、「作ること」と「作品」と「見ること」のどの視点からであっても複数の態度があり、それらは相互に関係し合いながら時空間を限定/拡張するということであり、固定化された視点や態度が、ある限定の中で結果的に「作ること」も「作品」も「見ること」も破壊してしまう可能性があるということだ。

田中はそこで、制度的限定に閉じない方法についての思考へと向かう。彼は「見せること」を暗黙の前提とした「作ること」を相対化するだけに留まらない。彼は公開書簡の初めから「作ること」の可能性について思考し、制度による時空間の限定に閉じ込めないことこそ創造性として述べている。

(A)展覧会というフォーマット(美術館やギャラリー空間で会期が決まっているとか、所与の条件がまずある)+(B)ホワイトキューブ(物理的なホワイトキューブのことではなく、大なり小なり理想的な展示空間を前提しているということ)+(C)そこで見せる人はかならずアーティスト(もちろん建築家やデザイナーもいるけど、つまりその場所で見せることを裏切らないひとという意味かな)、この三つを足したものが、「美術」という制度のベースになる。ここから導き出されたものが作品として展示される。これ「A+B+C=美術」が、この制度が前提としている作法(規制、様式)であり、この作法を逃れ出ているものはあまり見いだせない。田中功起「展覧会という作法を乗り切るために」

ぼくがここで考えてみたいのは創造性の回復のようなものです。「作る」ことが持っている可能性を限定された時間+空間のなかに閉じこめないこと。そのための方途を探ってみたいと思っているのです。田中功起「行為と作品と展覧会の関係」

彼の考える「創造性」を理解するために、ここで補助線を引こう。それは「大人」と「創造性」の関係である。西洋の概念体系では多くの場合、「大人」になるためにフロイトの言う「去勢」を経なければならないと考えられている。つまり、自らの限界を知り「現実原則」で生きること、社会化されること、常識を身につけることを「大人になること」と捉えている。そういった前提のもとで、「大人にならないこと」は「創造性」にとって重要であると言われる。

確かに「創造性」とは、現状や限定を超え出ることを意味している部分もある。だから、西洋の体系を前提に考えると、「大人にならないこと」と「創造性」は関連しているように捉えられる。しかし、それはあくまで西洋の体系を足場に思考して出力される結論にすぎない。僕たちは人類学者の研究を参照することで、異なる体系を足場に「大人」概念を思考することができる。それは別の仕方で「創造性」について思考することを可能にし、田中が考える「創造性」を理解する上で助けになる。

人類学者ヴィヴェイロス・デ・カストロは、アメリカ・インディアンにとっての大人の男性になる前提条件が、敵を殺害することであると言う。そして、敵を殺害するためには、敵の視点と自らの視点を交換できなければならないと述べる。

殺害者は、敵の視点から話す。「私」という表現で敵の自己を指し、「彼」という表現で自らを指す。多くのアメリカ・インディアンの間では敵を殺害することは大人の男性としての地位を得るための前提条件であり、完全な主体へと生成するために殺害者は、敵を「内側から」、換言すれば主体として捕捉しなければならない。このことと、非-人間的主体が人間を非-人間だと見做しており逆もまた成立するという、これまで議論してきた視点を巡る理論との間の類似関係は明らかである。殺害者は、敵が自分が眼差すように、自分自身を敵と見做すことができるようになる必要がある。「彼自身」へと、むしろ「自分自身」へと生成するために。エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ「内在と恐怖」

ヴィヴェイロスによれば、鹿を狩るためには鹿の視点から自らを見ることができなければならない。猪を狩るためには猪の視点から自らを見ることができなければならない。そして、その視点の交差交換によって、鹿や猪が私をどのように捉えているかが分かり、子どもは殺害者になることが、自分自身へと生成変化することができるのである。

つまり、ここでヴィヴェイロスが主張しているのは、視点の交換を行えることが大人になることの第一歩であるということだ。この議論の先で重要になってくるのは、それが西洋の体系とは異なる概念体系であるということを示すことではなく、他者の視点を内在的に引き受けるという別の仕方が、どのような「創造性」の概念を生成するのかを示すことである。これまでの田中の議論は、いかに「見せる」かという作り手側の理想型について語るだけでなく、「見る」側の視点へと交差交換が行われていた。

それは鹿や猪の視点から自らを見ることで、再度その視点を自らに折り返し、自らの視点を拡張する営為であった。そして、それがアメリカ・インディアンにとっての「大人になること」を意味しているのは、西洋の限定的な「大人」概念と相反的であり非常に面白い。このことが田中における「創造性」にとって、どのような差異を生み出しているのだろう。

長いスパンで考えるならば視聴者は無限にいる、だからコンテンツの質が問われている、ということです。無限の時間を相手にすれば、作品を見るひとも無限にいることになる。と、ヨゼフソンの作品のあり方は、まさに普遍とはなにか、時間とはなにか、作品とはなにかについて考えさせられます。ただ、「見せること」が「つくる」において無頓着なものであるとしても、「つくること」に意識的・自覚的である限り、アウトサイダー・アートとはわずかながら距離を感じます。ここにぼくは注目したい。ぼくらが自覚的に「つくる」限り、問いは「見せること」とどうつき合うかということになる。ヨゼフソンはそれに無頓着であることで、「つくること」に普遍的な時間を手に入れる。田中功起「つくることを確保し、見せることを確保し、さて、しかし。」

ここまでの議論で、田中が「作り手」の視点と「観者」の視点を行き来することで「作品」について考え、その思考の中から「制度的限定」とその外側、言い換えれば「時空間の限定と拡張」にたどり着いたことを示した。そして田中は、我々の現実の前提条件を操作することで、僕たちの「この現実」をいかに揺るがしうるかを思考していたかを示した。しかし、それよりも重要なことは、彼が素朴に制度批判に向かい、普遍的な時間を手に入れようとするのではない点にある。彼は素朴に時空間の限定を批判し、無限の時間を称揚したりしない。彼は「作ること」と「見せること」について、いかに向き合っていくかという、よりタフな問いに向かう。

彼は「作り手」の視点から「時空間の限定と拡張」の度合いを操作し、「観者」の視点から「批評的態度」と「見届けること」の度合いを操作している。無自覚のままそのような変換と操作を行っているアーティストは、他にもいるかもしれない。しかし、田中がその変換について自覚的に述べていること、そしてそれを作品の基礎として見出せることは、何よりの驚きである。

彼は構造を見透かすだけでなく、構造を変換・操作するマトリクスを手に入れている。それは一人称と二人称の視点を往還することでたどり着く、その両者の視点を見渡せる第三の視点である。それはネッカーキューブのように一つの構造体でありながら、前部と後部のゲシュタルトを行き来することで、気がついたときには二つのゲシュタルトがあることを知る第三の視点にいることに似ている。

そして、この第三の視点は、超越的な視点ではなく、他者の視点を取り込み、自己へ再度折り返される度に変容する視点である。そのことは「作り手」と「観者」という二つの視点だけでなく、「虚構としての現実」と「現実としての虚構」という二つの視点の折り返しを取り入れていることからも分かるだろう。何故なら、片方の二対だけで生成されるマトリクスは、両者の二対で生成させるマトリクスとは質的に異なるものになっている。田中にとっての「創造性」は、いくつかの二対の視点を交差交換し、変換して操作しうる第三の視点に立つこと、そしてその視点を生み出すこと自体によって発揮される。複数の時空間を見渡せる場所からの視点で、再度「作る」こと。それによって、彼は「作品」を生み出しているのである。

4. 「モノの視点」を通じて思考する ― 様々な時間の中から世界を眺めること

田中の作品は、視点と関係性の変換と操作によって各々の身体に働きかけることで、時空間を多層化することを、ここまで示してきた。しかし、まだある前提を隠蔽している。僕の解釈は、田中功起という作家がすでに持つ記号性や象徴性を無視した上で、初めて彼の作品やテキストと出会ったかのように対峙することで見出されるものだからである。これから行うことは「見せること」ではなく、「再度見せること」である。モノを制作し作品として披露した後、幾許かの時間を経て再度作品を展示する時、「作ること」と「見せること」の視点と関係だけでなく、これまで問題にしてこなかったもう一つのレイヤーが現れる。

そのレイヤーは制度的な時空間だけでなく、潜在的に可能な様々な時間の中に作品が晒されることで生じる。作品は「議論や解釈」をされ、「見届け」られ、そして「無関心」に晒される。僕たちはそれらが生み出す影響を無視することはできない。何故なら、それは「作ること」と「見せること」の後に続く時間の中で、否応なく生み出されるものであり、それは作品の持つ時間と密接な関わりを持っているからである。それは「見せること」と「再度見せること」の間に異なる扱いを、僕たちに要求するのだ。

もちろん理想的な状況は、議論のプロセスが開かれており、無数の解釈によって研究され、それらが文化的にフィードバックされることで、歴史が積み重ねられていくことであろう。しかし多くの場合、ある解釈の方向性が力を持ち、固定化し、象徴化していく。それは解釈フォーマットとして、鑑賞者が作品を見る前に、例えば「田中という作家は『関係性の美学』の延長線上にある作家だ」とか「日常を扱ったマイクロポップな作家だ」などと言ったように、作品について記号的に語ることを可能にする。解釈フォーマットは、展覧会フォーマットが時空間を制度的に限定するのと同じように、時空間に影響を及ぼしてしまう。よって僕たちは、ここで「作ること」と「見せること」だけでなく、解釈フォーマットについて再考しなければならない。

例えば、水戸芸術館現代美術センター学芸員の竹久侑氏によるテキストでは、こう記述されている。

田中の作品は、おおまかに言って、主に日用品(物)と被写体としてループの技法をつかった初期のビデオ作品から、アクション(行為)を主体とするものへと関心が移る2004年を経て、複数の人びとが何かを行う状況を記録する2007年以降へと推移をたどることができる。そして《A Haircut by 9 Hairdressers at Once (Second Attempt)》を皮切りに、第55回ヴェネチア・ヴィエンナーレ(2013年)でも中心に展開されたのが共同作業をめぐる取組みだ。竹久侑「共同体はどこにあるのか?」

第55回ヴェネチア・ビエンナーレで日本館キュレーターを勤めた蔵屋美香は、このように記している。

田中功起は2000年前後、トイレットペーパーやボール、バケツといったありふれた日常の事物が、まるで自分の意志を持つかのようにふるまうループ構造の映像で注目された。その後田中は東京からロサンジェルスへと活動の拠点を移し、モノだけで自足した世界から、モノに対する人の働きかけへ、さらには人と人との関係性へと、徐々に関心を移行させてきた。蔵屋美香「遠まわしに言うなら… − 第55回ヴェネチア・ビエンナーレにおける田中功起の展示について」

また海外の批評においても、2013年『ArtAsiaPacific』七・八月号にてガブリエル・リッターが、こう書いている。

日本を離れて以降、日用品の物質的な探求から特筆すべき転回を経て、彼の作品はますます共同作業的になっていった。彼自身が行為を実行する代わりに、上記の共同作業的作品は、多様な参加者が所与のタスクを遂行しているのを記録することに焦点をあてる。ガブリエル・リッター「OUT OF THE ORDINARY: KOKI TANAKA」

それは三者による独自の解釈というよりも、もはや現在最も流通した田中功起作品への解釈フォーマットと言えるものである。確かに「扱っているモチーフ」という視点からみれば、彼の一連の試みは「現象から行為へ、そして共同性へ」と移行してきたと要約できる。しかし、これは作品に対する一つの解釈に過ぎない。それでも強い影響力を持つ解釈は、人々が作品と対峙する前に、意識的か無意識的かに関わらず、作品をある固定的視点で見ることを強要する。それは多くの人に広がれば広がるほどにフォーマット化し、観者が身体を通じて作品からモノ性を体験する前に、彼らが作品と記号を対応させることを許し、モノの多層性を隠蔽してしまう。

よって、僕たちは「再度見せること」について考えなければならないし、そのためには批評について論じなければならない。そうでなければ、作品が経由してきた議論と批評の時間を無視し、漂白された状態で作品と向き合うことができるという理想的な状況を想定した上で、展示を構成することになる。それは避けなければならないだろう。

さて、田中は沢山遼との往復書簡にて、批評について議論している。そこで彼らは、人とモノとの関係性とその学習、そしてモノの自律性について述べている。その議論を追うことで、僕たちの思考も進めていくことにしよう。

田中; 通常とは別の運用方法でさえも、そのお皿を「お皿」であると言及するための、つけ加えられるべき事柄のひとつなのではないでしょうか。つまりその運用方法も既に「お皿」に内在していた。だからそれは「開発」されたのではなく、むしろ発見されたのであり、限定されていたかに思えた「有用性」もそれによって「拡張」されたとも言えるわけです。ものの使用方法は社会的に限定されているものです。慣例に従って、お皿にはパンケーキとバターが盛られ、メイプルシロップがかけられる。でも子どものとき「お皿」は空飛ぶ円盤であり、つるつるすべすべしたものであり、重石でもあった。それらもすべて、ひとつのお皿を「お皿」と定義していますよね。つまり「お皿がお皿である」とわかるためには、社会化された使用法や有用性を知っている必要がないのかもしれない。異なる運用方法もその「お皿」に備わる属性であり、それを見つけ出す行為は「お皿」という存在を内側から補強している、とも言えるわけですね。そして沢山さんが書いていたように「芸術批評の機能や役割とは、……その作品の効果・運用方法を限りなく拡張する」のだとすれば、このとき「批評家」とアーティストは限りなく近しい存在になる。田中功起「批評的態度、お皿は一万年後もお皿か」

沢山;私は、あらゆる事物は批評、あるいは批評的な性質を内在している、と書きました。それはたとえば「お皿はお皿として使える」というトートロジカルな機能主義的限定に求められる。しかし一方で水分を漏らさず、食べ物を盛ることができる食器の性質とは、それが関係するもの(食べ物)をその性質において、予め内包しています。そのため、この言明をトートロジーとすることには、重大な矛盾が孕まれているのかもしれません。通常トートロジーとは「同じであること」を根拠とする閉鎖的な命題のことを示しているからです。ですが、お皿がお皿であるというトートロジーは、お皿の「機能」についての言明であることで、「関係」を先行させている。では、この「トートロジカルな関係」という言明じたいの矛盾はいかにして解消されうるのか。また、私が事物の批評性として定義した、この種の機能主義的な自己言及性(トートロジー)は、田中さんの第二信で疑問点として挙がっていたように、「空飛ぶ円盤」であり、「つるつるすべすべしたもの」であり、「重し」でもあるような、お皿の異なる運用方法の拡張をいかにして許容するのでしょうか。言い換えれば、自己言及性と差異、あるいは関係は、まったく別の階層に帰属するものなのでしょうか。沢山遼「批評というリヴァイバル」

この論点は三つに要約できる。

まず第一に、視点と関係は自律に先立っていることが挙げられる。モノの性質の自律性は、人間とモノの関係を隠蔽することで成立している。例えば、僕たちは「砂糖は甘いという性質を自律的に持っている」と、常識的な意味で考えている。しかし、それは人間の摂食行動と砂糖が関係することで、初めて「甘い」という性質を引き出すことができるという事実を隠蔽している。形容詞はある視点から捉えられた関係性を意味している。石が固いことも、その多くは人間にとって固いことを意味しており、ゴリラなど人間より握力の強い生物にとっては脆い可能性がある。つまり、視点と関係は自律に先立っているのだ。

第二に、視点と関係によってモノの潜在的可能性の限定/拡張が生じるが、これは慣習の学習過程の中で社会化していき、それによってトートロジカルな機能主義的限定、つまり自律性という幻想が生じることが挙げられる。人間側の視点から「お皿」とどのように関係するかが、「お皿」の持つ有用性を限定する。その関係によって、初めて「お皿」の有用性が発揮されるのだから、それは限定であると同時に拡張である。ある異なる仕方で関係することは限定であり、その視点から見た限定は、モノの可能性を拡張することに等しい。もちろん、子どもは様々な仕方でモノと関係することで、モノから様々な有用性を引き出す。それは料理を盛りつける器でありながら、「空飛ぶ円盤であり、つるつるすべすべしたものであり、重石」でもあった。しかし、人間とモノとの新たな関係性のための実験精神は、社会的な慣習を学習することで失われていく。それは社会的な正しさを学んでいく過程であり、沢山の言葉を用いるなら、あらゆる事物はその社会的な慣習の学習=トートロジカルな機能主義的限定を求めるようになる。つまり、モノは固定的な限定性を、社会的に獲得していってしまうように見える。批評と教育のある一面は、視点を固定し関係を固着していくことで、自律性という幻想を構築するのである。問題はモノと限定的関係を結ぶことではなく、その視点と関係を一元化し正しさを付与し固着化してしまうことにあるのだ。

第三に、モノの「効果・運用方法を限りなく拡張する」ことを、アーティストの役割の一つの側面とし、批評家がその役割を果たすなら、アーティストに限りなく近しい存在になると述べられている。ここでは、「トートロジカルな機能主義的限定としての批評」と「アーティストに限りなく近しい批評」という二つの方向性が暗示的に示されている。

この三つの論点は、先ほどの西洋における「大人」概念を再度補助線として用いることで、より明確になる。何故なら、その補助線を経由することで、批評と学習には二つの種類があることが分かるからだ。西洋において大人になることは、潜在的可能性を限定する方向性を意味していたが、アメリカ・インディアンにとってのそれは、視点を交差することで関係性を拡張する方向性を意味していた。

関係の先行性と自律の後発性は、相互に隠蔽しあっている。それらは関係性によって自律性が生じ、自律性によって関係性が先行しているように見えるのだ。そして、その間には批評と学習があり、それらは異なる二つの文化で異なる仕方で大人になることを意味している。自律性と関係性の間で、二つのプロセスが逆方向に作用しているのである。それは「限定する方向」と「拡張する方向」であり、「トートロジカルな機能主義的限定としての批評」と「アーティストに限りなく近しい批評」である。そして、その両者には各々機能と役割があり、限定と拡張の往復運動を固着化してしまうことこそが問題であった。

これは先に挙げた、社会的に評価された作家や作品の解釈フォーマットが一元化していくことと同様の問題である。本来メディウム(物質性)とイメージ(情報)は、各々が多層性を持っているにも関わらず、制度化された批評システムと社会化する学習プロセスの中で、一つの物質性と一つの情報として対応関係が固着化してしまう。沢山が示すように、制度化された批評システムとは、この一対一の構造を透視し、自己言及性として可視化することにある。もちろんそれは、まだ評価が定まっていない作家や作品を評する時に、重要な役割を果たす。何故なら、近代における批評家の役割は、作品がどのような文脈の上で何を意味していて、何故素晴らしいと言えるのかを、多くの鑑賞者に対して解説することだったからだ。それによって、人々は作品を解釈する糸口を得る。

しかし、その視点と関係性が一元的に固着化していき、それによって既に幾許か評価が定まり、フォーマットが固定的に存在している場合、「トートロジカルな機能主義的限定としての批評」ではなく、その固着化を解放するような「アーティストに限りなく近しい批評」が必要となる。そこで求められているのは、固着化している作品と記号の前提に潜む関係構造を透視し、再度物質性と情報の多対多の関係を開き、異なる仕方で物質性と情報を再組織化するような批評である。

僕はここまでの議論で、「作り手」の視点と「鑑賞者」の視点という二つの視点から、時空間の限定と拡張の可能性を論じてきた。それによって、関係性と自律性の間にある「トートロジカルな機能主義的限定としての批評」と「アーティストに限りなく近しい批評」という二つの方向性を取り出した。限定することで伝達可能性を高める批評と、その伝達した意味が固着化した場合に、それを拡張することで潜在的可能性を切り開く批評である。

しかし、批評が生じるのは、作品が発表された後である。それは展覧会などの制度的限定を超えて、多様な時空間の中で展開される。ラスコーの壁画について語ることがあれば、現在開催中の若手の展覧会について議論が行われることもある。誰がいつ制作したものなのかすら分からないものと対峙しなければならないこともある。それらは異なる時空間を要請し、各々の時空間によって異なる解釈が生成されるだろう。モノは「作り手」や「鑑賞者」といった人間の時間を超越している。だからこそ、僕たちはモノが切り開く非人間の時間を、必然的に思考しなければならないのである。

この作品の持つ非人間的な時間について考えを進めるために、先ほどの往復書簡から沢山の締めのテキストを引用してみたい。

沢山;道具の歴史では、メッセージを媒介する、あるいは運用方法を適切に処理することが重視される。あるいは逆に道具を媒介として、他者とその場でルールが共有され、物事が伝達されます。第一信で言及しましたが、柳宗悦が提唱した「無名性」とは、そのようなオブジェクティブなレベルでの情報の継承性のことを指すのだと思います。どの個体が進化に寄与したかということがあまり問題にならないのと同じで、そのようなプロセスは固有名の存在=有名性とも媒体自体の自律性とも関わりなく進行するでしょう。そのとき人間は異なる事物と事物を伝承する媒介(メディウム)に過ぎなくなるからです(ゆえに柳の言説とはメディウム(媒体)の自律性を確保しようとする人間主体への批判=大文字の芸術への批判として読むことができます)。

逆に言うと、道具からその用途が失われることは、マヤのピラミッドやナスカの地上絵のように、それを作った人々とのコミュニケーションの回路が失われてしまったということです。たとえば、ほとんどの遺構や先史時代のオブジェはそれがどのような因果関係を組織するものか分からない。ですが、それは未知の他者からのメッセージを内包させているのかもしれません。素朴な実感として、芸術批評の過程では、物質的痕跡からある歴史的・環境的な因果関係を解読する考古学者のような興奮に駆り立てられることがあります。批評は、過去の遺構に接するように、おそらくこの一万年のタイムスパンを同時代の芸術作品にも感じているのかもしれません。長い時を通過し、継承と伝承の回路が断ち切られたオブジェに接するように、作品に接すること。その情報の圧縮、縮約の振幅に立ち会い、思考の抽象性と感覚的実体とを媒介させるため、認識論的推論を働かせること。擦り切れ、摩耗したメッセージ、コミュニケーションを復活させること。であれば、私たちには一見想像不可能な技術体系のもとに獲得されるメッセージを瞬時に封じ込めた、そうしたメディアがたまたま「芸術」などと呼ばれてきただけかもしれない。芸術の「現在性」を設定することの困難は、そうした点にあるようにも思われます。つまり、それがいかに同時代的な事象であっても、強靭な思考と野心と実践を孕んだ作品に対しては、批評は一万年越しの「復活(リヴァイヴ)」のトーンとともに記述することになるかもしれないのです。沢山遼「批評というリヴァイバル」

ここで沢山が述べているのは、人間が歴史として伝達してきた情報がすべて失われてしまったとしても、モノによる伝承の可能性があることである。そして、柳宗悦が提唱した「無名性」は、一般的な意味における批評にとって隠された視点と時間軸を露わにする。それは「固有名」の歴史が失われた後、例えば人類が滅亡しても、モノは視点を持ち、メッセージを伝え、それをまだ見ぬ他者に読解されうる可能性に満ちた時間軸であり、「その伝承プロセスは固有名の存在=有名性だけでなく媒体自体の自律性とも関わりなく進行する」。それは人間の視点に基づいた関係性がすべて途絶えた後の、モノたちの関係性と自律性のうごめく世界を想像することであり、そのような世界を前提とした上で、批評家は現在の「強靭な思考と野心と実践を孕んだ作品」に対しても、考古学者のように情報の伝承が断ち切られたモノの痕跡からモノの多層性を引き出し、人間という生物にとっての情報の多層性を、推論によって復活させるのである。

僕たちは、人間的視点から解放されたモノとモノとの関係性と自律性の視点に立つことができる。僕たちには、物質の多層性を開く方向が残されているのだ。それは身体などの計測器を用いて、モノからモノの多層性へ、そしてそのデータを元に推論を働かせることで、情報の多層性へと進む視点である。つまりそれは、僕が芝生に寝転がったときに、虫の視点から世界の条件と可能性を知ったように、モノの視点から情報を産出する方法である。

それは人類が絶滅した地球に宇宙人がやってきて、固有名が漂白された大量の芸術作品の山を目の前にしたところを想像させる。彼らは各々の作品の大きさや形、反射光の範囲を計ったり、制作時期を一つ一つ計測したり、置かれている場所や地域を調べ分類をすることを通じて、大量のデータを収集し整理するだろう。それらを用いて、この痕跡を残した生物が求めていた意味や機能、僕たちが過ごしていた環境、そしてどのような生物であったかを推論して、情報の束へと進むだろう。

制作されたモノは、人間社会の中に生まれた「私」という偶然の存在者を社会的に必然な存在者へと転化するだけではない。進化の偶然性の中で生じた「人類」という生物の偶然の産物を、必然的なものへも転化するだろう。このようなモノがある、それは痕跡を残している。つまり、「人類」は存在していなければならなかった。自律性と関係性が相互に隠蔽しあうように、偶然性と必然性は相互に隠蔽し合うのである。その二つの間を媒介するのが、制作されたモノなのである。

今や僕たちは、情報の伝達から人間的伝承と文化の連なりを感じ、モノの伝承から非人間的な伝承と自然の連なりを感じることができる。「情報からモノへ」「モノから情報へ」という二つの視点を交差することで、変換・操作しうる第三の視点=マトリクスを手に入れることができるのだ。それこそが「物質性と情報の多対多の関係を開き、異なる仕方で、物質性と情報へと再組織化」する。そのマトリクスは超越的な定点ではなく、視点を交差するたびに変容する不安定な視点である。それは僕が田中功起の作品を分析する際の方法論であったが、田中功起の作品を分析することによって記述可能になった方法論でもあった。第三の視点は二つを何度も往還することを通じて、この両者を見渡せる場を生み出し、その場に立つことで獲得できる。それは数年から数十年、数百年、そして人類が滅亡した後の数万年といった、多数の時間軸が併存する場であろう。僕たちは、その場から世界を眺めることによって初めて、様々な時間軸のスケールでモノと関わることができるようになる。

「現象から行為へ、そして共同性へ」という標語にとって、現象とは人間にとっての現象であり、行為というのも人間の行為で、共同性も人間にとっての共同性を意味している。それは視点を人間中心主義的に限定した場合の妥当な推移であるし、その限定は多くの人にとってフォーマットとして機能していることからも分かるように、「トートロジカルな機能主義的限定としての批評」として成功している。

しかし、これまで見てきたように、田中は一貫して視点と関係性から自律性という幻想を揺るがし、時空間の限定/拡張を変換・操作することで作品を作り出そうとしていた。それは「人間」の視点であり、「作り手」と「鑑賞者」と「モノ」の視点であり、それらの交差的な交換であり、その交換によって拡張される各々の関係性であった。「人間」の視点からは、近代を前提とした制度的な時空間やそれを超えた時空間があることが確認された。「モノ」の視点からは、非人間的な時空間が見出された。

これらの解釈を経由すると、田中の作品は「日常から関係性へ」や「現象から行為へ、そして共同性へ」などと表層のモチーフで整理することもできるし、深層では常に上記の思想が彼の制作の基盤にあると考えることもできる。言い換えれば、その深層にある構造から、一貫して上記の思想と態度によって時空間を生み出しているのである。そして、その思想と態度が一貫しているのであれば、彼の作品も「現象から行為へ、そして共同性へ」とシンプルに整理できないのではないかという疑問が生じる。そして、その疑念を元に彼の活動を振り返ると、忘れ去られている、しかし重要な作品群が見つけ出せるのである。彼は、大学生の頃、「関係性の美学」や震災とは無関係に共同作業と解釈されうる作品を作っていたのだ。

大学を出てすぐの個展(2000)を、当時銀座にあったナガミネプロジェクツで行います。コーラの映像(《Moving Still》2000)と二つの円形のケーキ(《Cakes》2000)をガラス張りの冷蔵庫に入れて展示しました。円形のケーキは一部が実際に食べられるもので、残りはそれをサポートする立体物といった仕様でした。二つあるケーキはオープニングとクロージングで、食べられる部分を僕が切り出して、その場にいる人たちでいっしょに食べました。いまになって思えばこれは現在の自分の活動に繋がるものです。ひとつのケーキを複数の参加者でシェアして食べる、と言えばいまのぼくのプロジェクトのようにも聞こえます。林卓行+田中功起「Q&Aセッション」

この個展は、先の「世界―速度の変容―コンセプチュアル・アートの「遅さ」をめぐって―」と同時期に開催されたものであり、表層のモチーフが「現象から行為へ、そして共同性へ」と推移したわけではないことが分かる。彼は《Cakes》(2000)以外にも、大学生の頃に同じ誕生日の人を集めて話をしてもらっている映像や、四人のアート関係者に集まってもらって彼の次回作を考えるというヴィデオ《Discussing a Future Project》(1998)を制作しており、ループの映像を作り出す以前にリレーショナルな映像作品を多数残している。

またループ映像を作っている時期にも、53人でババ抜きをする《Play card with 53 people》(2003)というパフォーマンスや、オープニングパーティに来て真面目に話している人に派手でバカバカしいトロピカルカクテルを手渡す《Tropical Project2》(2003)というパフォーマンスを行っていた。テキストだけでなく、これらの作品と実践を再発見することでも、彼の思想が2000年以前から2017年現在まで通底していることを証明できる。

「Everything is Everything」(2006)のあるシーンでは、傾いている銀のテーブルを人が足で支えながら、少しずつ足の位置を下に降ろしていく。足を離したらテーブルはガシャーンと音を立てて床に叩き付けられるという予感を伝えてくるのだけれど、結局テーブルは思ったより優しい足さばきによって小さな音とともに床と接触する。その足さばきがゆったりとした振る舞いであるが故に、僕たちはそのシーンが進行していく間、「人―離す―銀のテーブル―大きな音―床」という関係の可能世界を強く想像してしまう。

《A Haircut by 9 Hairdressers at Once (Second Attempt)》(2010)では、前のめりになった男性の姿勢、各々の発言回数の差異や話を聞いている人の表情から、集団での各々の自意識と配慮の勾配を伝えているし、美容師が議論中に確認することなく好き放題モデルの髪に触れていることを通じて、モデルと美容師という関係性が可視化される。

人とモノ、モノとモノ、人と人という、対象の違いはある。しかし、その差異は暗黙のうちに人間の視点を固着化してしまっている。人間の視点だけに固着しているからこそ、その差異と推移を重要なものと捉えてしまう。モノの性質を試したり、モノとモノの接触による形の変容や音の発生をおさめたり、モノの有用性を拡張しようとすることも、九人の美容師がどのように切るか議論している場面にしても、美容師がはさみをつかってモデルの髪型を変容させるのも、モノとモノとの対話であり、表層にはあらわれないモノとモノの関係と自律の蠢きという深層構造を教えてくれているのだ。

そこから僕たちは、小さくも大きい変化を、現実と地続きのものとして引き受ける。普段の生活のふとした瞬間に、関係性を記号的に処理するのではなく、モップが床に倒れる時の音に耳を澄ましたり、僕の振る舞いに対する恋人の表情の変化に敏感になるなど、日常を解像度高く多層的に体験することができるようになる。それは一見すると、取るに足らない変化かもしれない。しかし、そのとき僕たちは、制度や慣習の外側にある時空間に触れているのである。

そして、モノとモノとのコミュニケーションは、人間のいなくなった後でさえ起こるであろう、形と形の対話なのである。情報による伝承される過去、僕たちが生きている現在、僕たちが死んでしまった後の未来、そして人類がいなくなった遠い未来も、今ここに同時に並列的に存在している。僕たちは、その他の時間を無視して、生きる権利をもっている。それらを見たことがあるものとして、嘲笑する権利をもっている。しかし、今もそこに無数の時間が流れている。それは田中功起作品が装置として機能することで、僕たちを誘い込む多様な時間が共に存在する場であり、僕たちはその無数の時間が流れる場を見渡せる視点に立つことによって、初めて田中功起が制作する場へと立ち会うことができるのである。