動きが生まれる感覚の探求

菅 俊一 / Syunichi Suge

2026.04.30

「落ちそうさ」をイメージする

私たちは普段から、これから起きそうなことについて想いを巡らせてしまうことがある。たとえば[図1]の「テーブルの上の花瓶」の左の図版を見たとき、台の上に乗っている花瓶に対して「このあと落ちそうだ」と感じるのではないだろうか。

fig1[図1]テーブルの上の花瓶

実際に描かれている状況ではまだ落ちてはいないわけだが、花瓶の丸みを帯びた底面や、台との接点が僅かであることからアンバランスさを読み取り、「きっとこの後落ちてしまうのだろう」という「落ちそうさ」を勝手にイメージする。そして右の図版を見ると、花瓶の底面が台の角に僅かに接しているだけで傾いた状態になっている。こちらも実際にはまだ落ちてないが、左の図版よりも「落ちそうさ」を強く感じるのではないだろうか。

先ほどの例のように、落ちてはいないが落ちそうだと思ったり、落ちた後にどのようなことが起きそうかと考えてしまうなど、私たちはある条件が整ったとき、静止した図版を見ただけで動きのイメージを頭の中で勝手に想起することがある。ここで私たちが想起している動きのイメージは、アニメーションや映像、モーターによって制御された機構など、実際に動き変化している情報を見たときに抱く「動いている」という感じとは、全く異なる由来のものである。

もし、静止した図版から動きイメージを抱くというアプローチに対しても「動きを扱う表現」と捉え直すことができれば、図版を眺める際に、身体や頭の内部で起きていることを観察することをきっかけにして、新しい動きのデザインができるのではないか。そのような構想から、アニメーションなどの時間解像度を表す単位である fps (frame per second) が無いという意味の「0fps」 という名前を掲げ、単純な線で描かれた静的な手がかりから、頭の中に新しい動的な表象を抱かせるという表現手法への探求に取り組んでいる。

0fpsとその着想

fpsとは、映像において1秒間に何枚の画像を切り替えて示すかを示す単位で、この値が大きいほど滑らかな動きを実現しているということになる。一般的な映画は 24fps、私たちがテレビなどで見ている映像は約 60fpsで、映像の技術の革新は、画質の向上だけでなく fps の値自体も向上させてきた。

「0fps」は、人間が動きや変化をイメージしてしまう力を利用して、映像やアニメーション、機構とは全く異なるアプローチで、動きを表現する手法を開発することを目的とした研究プロジェクトである。静止した図版を提示したときに、頭の中で図版を手がかりとして動きをイメージさせることを目指した表現手法・形態に関する探求と言える。その過程で生み出された表現や、これらの表現手法についての考察によって、私が大学で主宰するゼミで標榜している「つくりながら考える、つくったものから考える」というアプローチでの表現研究の一つの在り方を示そうとしている。

「0fps」に連なる幾つかの試みとして、2017年に発表した「指向性の原理※1」では、線や矢印、視線、文章などといった具体的な「線」を提示し、それを辿り読み取らせ、注意の方向を作り出すことで、動きや変化をイメージさせるという表現研究を行なった[図2]。

fig2[図2]「指向性の原理」より 《矢印》

矢印や視線、文章といった線は、始まりと終わりが明確に定められているため、「辿る」ことを促す性質を持っている線と言える。この辿るという行為を促す要素を、もし様々な線に付与することができれば、さらに多くの線に対して、動きを想像させるための役割を持たせることができるはずだと考えている。

さらにその後の「視線の設計※2」では、「指向性の原理」で取り上げた、顔図版が発する視線による注意の連鎖について、顔の置き方やターゲットとの関係、さらには顔とターゲットを定着させるメディアの造形や位置関係によって、平面に留まらず空間的に鑑賞者の意識および身体の誘導を行うことを目指した表現研究に取り組んだ[図3]。

fig3[図3]「視線の設計」より 《視線のチェイン》

点在した顔図版を視線という描かれてない線を辿ることによって繋いでいく試みを行ったが、これは具体的に線を描かなくとも、線的なイメージを辿ることで動きの表象を生み出せる可能性を示唆しており、これら2つの過去の実践からの着想を発展させる形で、「0fps」プロジェクトを構想した。

視覚的不安定さの条件

動きを想像させる手がかりをデザインするための前提として、動きの始点と終点をうまく定義することが重要になる。また、移動と変化をデザインするには始点と終点だけではなく、その間に何らかのトリガーを設置し、移動の際にトリガーに接触することで形状の変化イメージを引き起こせるのではないかと考えた。

たとえば[図4]の「壁を通り抜ける」は、穴の空いた壁をトリガーとして設置することで、物体が載せられた板が穴を通り抜けたときに、物体が穴を通れずに落ちるであろう変化を予測させることを想定した作例であり、[図5]の「壁を通り抜けた」では、穴の空いた壁を通り抜けた後の結果を見せることで、痕跡を辿り直して「物体が穴を通り抜けられず板から落下した」という変化を想像させることを想定した作例になる。

fig4[図4]「壁を通り抜ける」

fig5[図5]「壁を通り抜けた」

このような作例を検証していくと、前提となっている状況やトリガーによる変化を解釈する際に、図版の意図が読み取れなかったり、うまく解釈できないという困難さが問題となってくる。

この問題に対して、冒頭に示した[図1]の花瓶の「落ちそうさ」のような、「視覚的不安定さ」を感じることについて考えてみると、接地面がオブジェクト全体に対して僅かであることや、オブジェクトの重心軸と接地面からの垂直線がズレているといった条件を満たすことで、視覚的に不安定な状況を描写でき、安定状態へと収束させるために落下後の状況を想像させるはたらきを起こすことができる。そして何よりも、ここで取り上げている「視覚的不安定さ」の背景にある、「重力」という力に着目した。

重力を立ち上げるメディア

これまで、日常的な行為や動きを絵や図などの形で抽出することで、変化する情報の標本化を試みたり、紙に印刷された情報とその上に置かれた立体物が相互に関与し合うことで動きや変化を作り出す手法を探求するなど、段階的に手法や形態の探求に取り組んできた。その活動の中で、動きを想像させるために必要な情報設計の手がかりとして、「動く対象」と「対象を変化させるトリガー」の両者をどのように関係付けるかを考えてきたが、より自然に、高速に、強力に動きのイメージを構築させるために、私たちは重力に着目した。

重力とは、地球上で物体が地面に向かっていく現象を引き起こす力であり、この惑星にいる限りその影響下から逃れることはできず、私たちは生まれたときからこの力にさらされ続けている。そのため、無意識のうちにこの力を前提としたものの見方を獲得している。この力の影響で、私たちが無意識にものが落ちること、傾いたものが倒れること、転がることなど、不安定から安定へと収束させていく動きをイメージするのだとすると、重力がはたらいている状況を図版に落とし込むことができれば、線を辿るという行為とは別の方法で、前述の解釈の意図の困難さを乗り越え、誰しもが自然と動きをイメージする状況が設定できるのではないかと考えた。

具体的には、「不安定な状況がイメージできる物体の置き方」と、「不安定から安定へと向かう変化や移動の余地を示す」という2つの要素を用いることで、視覚表現を設計していくことを探求した。これらの探求の先に私たちが見据えているのは、平面に定着させるイメージを設計するための秩序の再構築である。これは従来グラフィックデザインなどの領域で探求されてきた様々な手法や技術を、重力や様々な環境要因の影響下にある知覚を通じて、情報を解読する秩序として捉え直していく基礎研究であり、新しい表現方法の模索でもある。

その上で、重力をはたらかせる状況として水滴というモチーフに着目した。水滴はもののように一つの塊(球体)を保持したまま垂直に落下するだけでなく、その間に物体と接触することによって「垂れる」「分裂する」「溜まる」といった形状や移動のバリエーションを作り出すことができる。合わせて水滴が重力によって落下している状況は日常的に見ているものでもあるため、最初の試みとしては最適だと考えている。水滴を重力の観測装置として利用したのは、0fps プロジェクトで「日常的な動作について、何らかの方法で標本化してみる」という取り組みを行なった際に、「知っている変化から動きの要素を抽出する」というアプローチをしたことからの着想でもある。

fig6[図6]野澤遥歩《動きの質感》※3

fig7[図7]成川沙余夏《力の標本》※4

fig8[図8]山田望乃《一部分だけ見る》※5

実際に水滴をモチーフとして、重力のはたらきを表現する図案を作成するにあたり、動きをスムーズに想像させるための描写上の検討を行った。たとえば[図9]の「ノズルの先端に水滴が溜まっている状態を描く」のように、上にあるノズルから水滴が垂れようとしている状況を始点とし、終点に水溜まりがあると、そのまま垂直に落ちていくだろうと解釈することができる。この解釈をさらに強力に推し進めるため、[図10]の「水滴が落ちた瞬間を描く」のように最初の水滴をノズルから垂れようとしている位置ではなく、落下した直後の球体となっている状況を描いてみると、始点は[図9]の「ノズルの先端に水滴が溜まっている状態を描く」とは異なりノズルの先端に移行し、水滴は動きの中間点を示すような役割となり、この中間点をつなぐように動きをイメージすることで、より落下をスムーズに想像させることができる。

fig9[図9]「ノズルの先端に水滴が溜まっている状態を描く」

fig10[図10]「水滴が落ちた瞬間を描く」

これらの中間的な手がかりを作りながら検討を行なってきたものが、[図11]《液体のふるまい②》という作品となる。重力のはたらきを水滴というモチーフを利用して表現することで、具体的にルートを線で描くことなく、視点から終点へと上下に目でたどる動きを誘発している。また[図12]《液体のふるまい③》では、液体特有の「つたいながら滑り落ちる」というふるまいを想起させることで、連続した曲線をつたう際の動きの緩急や、直線をつたう際の素早い動きなど、重力のはたらきを基盤とした環境と水滴のインタラクションによって、動きの質的変化を設計できる可能性を示している。

fig10[図11]《液体のふるまい②》[図12]《液体のふるまい③》

これらの作品は縦長の図版となるため、縦長フォーマットのメディアとして掛け軸のような長い紙に印刷を行った[図14]。また同時に縦長のディスプレイで表示するという検証も行った。縦に長いフォーマットは上から下に眺めようとする行為を誘発するため、必然的に落下のイメージを強固に抱かせる。また[図13]の「傾けたフレームの中で水滴が溜まる」のように、斜めに傾けたフォーマットの場合は、上から滑り落ちた水滴がフレームの底に溜まるといったイメージが作りやすくなる。

このように、メディアのフォーマット自体に中に描かれた図版の解釈が影響を受けるということがある。本来、メディアとそこに描かれた図版は連動することはなく、メディアはただのフレームとして図版内にはたらく力(今回の場合は重力)とは無関係なものであるはずだった。しかし、今回の取り組みによって、メディアのフォーマットの在り方が私たちの認知に大きな影響を及ぼしてしまう事例を確認できた。これは今後のメディアデザインにおける新しい可能性の提示になる。

fig13[図13]「傾けたフレームの中で水滴が溜まる」

fig14[図14]《写真液体のふるまい》展示風景写真

視線の軌道と身体動作

コンピュータのディスプレイで制作している際には全体を一度に見ることができるため意識していなかったが、実際に縦長の紙に印刷し壁に掲示した状態で眺めてみると、始点から終点まで目だけではなく「首」も大きく動かしながら鑑賞している動作が強烈に意識された。

言われてみれば当たり前なのだが、水滴が落ちるであろう軌道をイメージしている際に、そもそも首と目の動きでその軌跡をたどるという身体動作が発生している。この動作こそが、落下という動きイメージを作り出す際に大きく影響しているのではないだろうか。つまり、動いていない静的な情報を見て頭の中で動的なイメージを作り出す間には、身体が具体的に動作することが前提となっている可能性がある。

そのように考えると、落下を用いた上下方向の動きをたどらせる状況だけでなく、球を放り投げた際の放物線を描きながら移動する状況を横長のフォーマットで描き左から右へとたどらせる状況など、線を描かずとも線的な軌道を見出して目でたどらせる行為を発生させることで、さまざまな動きイメージを作り出すことができるはずだ。そして重力以外でも、たとえば水中から水面に向かって重力とは逆方向にはたらく浮力のような力を、泡をモチーフとして描写すれば、きっと同じ縦長のフォーマットでも下から上へという方向で目でたどる行為を誘発できる。

というわけで、ここまで動的なイメージを想起させる「0fps」表現を作り出すための実践や着眼について述べてきた。今回は重力や浮力を扱ったが、想像しやすい環境要因に留まらない[図4]や[図5]で試みた図版の因果関係の解釈から動きイメージを作り出すアプローチについても、今後探求を続けることで、表現のバリエーションを拡張する可能性がある。

またこの取り組みは、私たち人間のイメージを作り出す力を活性させる手がかりになるとも考えている。実際にこのような表現に触れることで、日常では意識的に行われない過去からの推測や未来への予測する能力を育むことができるはずで、新しい表現手法を探究するということは、それを解釈する人間の能力を拡張することにつながるのだ。

    1. ※3写真に線を重ね合わせることで、動きの質感を付与する試み。スムーズな軌跡と納豆のような粘り気を持ったネバネバの軌跡、どのような心地の違いがあるのか比較した。

    2. ※4物を持つとき、指先から力が生じる。この瞬間の力の強さを紙の積層で表現することで、「持つ」という動作を保存し、手の触感を想像させる試み。

    3. ※5紙をやぶるとき、力を込めた指先から、やぶれていく紙の裂け目の点へと徐々に注目する点が移り変わっていく。その動作を複数の図に分解して表現することで、紙をやぶる時の動きを想起させる試み。


    4. 付記:本研究はJSPS科研費JP21K00198の助成を受けたものです。