Intertwingled ― 錯綜する世界/情報がすべてを変える ~訳者まえがき

浅野 紀予 / Noriyo Asano

2015.01.22

あらゆるものについての本

今からもう20年ほども前の1996年。カナダのデザイナー、クレメント・モックが、『Designing Business: Multiple Media, Multiple Disciplines』という本を記しました。当時のWebデザインは、デジタルメディアの進化を前に、変革を迫られていました。彼が試行錯誤しながら独自の理論や実践方法を見出してみせたこの本は、今も色あせることがありません。そこには、偉大なデザイナーであるポール・ランドの言葉が引用されています。

神と物質、目的と手段のあいだには終わりなきせめぎあいがあり、これを解決しなければならない。形と内容、形と機能、形と手法、形と目的、形と意味、形とアイデア、形と表現、形と幻想、形と習慣、形と技術、形とスタイル。 絵画、デザイン、建築物、彫刻、印刷物の美的な品質を決定するのは、こういったせめぎあいをどう統合するかによる。 Paul Rand “From Lascaux to Brooklyn”

私は、この言葉が表現しているものが、まさに今の自分にとっての「情報アーキテクチャ」であるように感じます。見えるものと見えないものの境界に立ち、それらの複雑なつながりを解きほぐし、バランスを保ちながら、デザインを形あるものにしていくこと。それは、20年以上に渡って情報技術に携わってきた私自身の経験から生まれてきた実感ですが、このたび翻訳した『Intertwingled』という本は、その思いを一段と強めてくれました。

Intertwingled日本語版表紙

ピーター・モービルの著書を翻訳したのは、今回で3冊目となります。この本は、情報技術という領域の垣根を越えて、今まで以上に幅広い立場や多様なバックグラウンドを持つ方に伝わりそうな魅力を感じさせます。彼はこの本を、「あらゆるものについての本(A book about everything)」と表現していますが、そこに詰まっている多彩なエッセンスは、読む人が自分自身の経験と照らし合わせることで、さらに奥行きを増すでしょう。とはいえ、彼の生業である「情報アーキテクチャ」が重要な鍵を握っていることには、変わりありません。

情報アーキテクチャの歩み

冒頭に紹介したクレメント・モックの本が世に出てから数年後の1998年、ピーターは自身が起業したコンサルティングファームの共同創設者であるルイス・ローゼンフェルドと共に、『Web情報アーキテクチャ』という本を出版しました。

Information Architecture for the World Wide Web

表紙のイラストから、「シロクマ本」や「Polar Bear Book」というニックネームを付けられたこの本は、現在に至るまで、情報アーキテクチャの古典的ガイドブックとして、多くの人に読まれています。

当時のインターネットでは、外見はそれなりに整っているWebサイトでも、やりたいことが思うようにできない、あるいは欲しい情報が見つからない、ということがよくありました。それは、ボタンや画像やアイコンなどの、ユーザーインターフェースとグラフィックのように、「目に見える」要素の見栄えだけを整えることに重点が置かれていたのが一因でした。体験してみて初めてわかる「目に見えない」要因、たとえば、画面上での操作がやりやすいか、検索方法はわかりやすいか、コンテンツは理解しやすいか、といったポイントは、しっかり考慮されていないケースが多かったのです。

そのような状況を変革したのが、Web情報アーキテクチャの考え方です。目に見える要素の裏にある、目に見えない「情報」を整理して体系的に組み立てること、すなわち「情報の構造設計」を行なうことが、ピーターとルイスが目指した初期のWeb情報アーキテクチャの目標でした。そして、この本の出版を大きなマイルストーンとして、情報アーキテクチャの考え方がWebデザインの世界に広まり、彼らのように「インフォメーションアーキテクト」という肩書きを名乗る人たちが増えていきました。私も、その一人です。

2000年には、米国ボストンで「IA Summit」というイベントが開催されました。 これはその後、開催都市を変えながら毎年恒例のイベントとなった、情報アーキテクチャをテーマとするカンファレンスです。冒頭で紹介したクレメント・モックもスピーカーとして名を連ねた、第1回の「IA Summit 2000」では、ピーターとルイスが揃って講演を行なっています。

面白いのは、そのイベントで二人が語ったことから、「IAの定義」についてのスタンスの違いが感じられるところです。

ここまで、「IA」という用語を「情報アーキテクチャ」の略として扱ってきましたが、「IA」は「インフォメーションアーキテクト」という肩書きの略としても使われます。基調講演を担当したルイスは、できるだけかっちりとIAを定義しようと苦心していたようですが、彼が問題としていたのは、どちらかというと「インフォメーションアーキテクト」のIAでした。インフォメーションアーキテクトは、「Webマスター」と同じで、具体的に何をする人かよくわからない。それに、ユーザーやコンテクストも情報と同じくらい大切なのに、情報だけを肩書きに入れるのはいかがなものかと、彼は心配していたのです。

一方、自分のセッションを「Defining Information Architecture — “Strange Connections”」と題したピーターは、「情報アーキテクチャ」のIAを定義しようとしたかのように見えます。でも、「何通りも定義があるのは悪いことじゃない」などと述べていたのを見ると、定義というもの自体に興味を失いつつあったのかもしれません。彼の関心は、サブタイトルになっている “Strange Connections”、すなわち、ものごとの「未知のつながり」 の方に向かっていたようでした。

それを裏付けるように、彼は2005年に『Ambient Findability』をさらに深く追究していきます。

Ambient Findability

私が翻訳したその日本語版は、『アンビエント・ファインダビリティ — ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』というタイトルで、2006年に発売されました。「What We Find Changes Who We Become(何を見つけるかによって、私たちのありさまは変わっていく)」という原書のサブタイトルを、日本語版では思い切って一新しました。私はこの本を、ウェブ/検索/コミュニケーションという3つの技術が実現する「未知のつながり」の世界を探究した、著者の旅行記のようなものと捉えて、その魅力を表現しようとしたのです。

権威とのひそかな闘い

『アンビエント・ファインダビリティ』の発売後まもなく来日したピーターと、初めて話をする機会を得た私は、彼にこんな質問をしたのを覚えています。

「この本の鍵となるのは、ロングテール、検索、錯綜する世界、権威、コミュニケーションの5つではないかと思いますが、その中で一番気になるものを選ぶとしたら、どれですか?」

彼は迷うことなく、「権威(Authority)だね」と答えました。それは、私自身が心の中で選んでいたのと同じ答えでした。翻訳者としては、著者の意図を汲むことができていたように思えて嬉しかったと同時に、これから情報技術が生み出す未知のアーキテクチャが権威を振るい、私たちの生き方への影響を強めていきそうだという予感が強まりました。

その一方で、私たち人間にとって本当の権威となるのは、やはり人間という存在です。情報アーキテクチャの分野を開拓し、それに関わる人びとをリードしてきたピーターのような人物は、時の流れとともに、次第に権威的な存在とみなされるようになります。でも、権力争いを好まず、自分の道を自分のペースで歩んできたピーターは、自らが権威と化していくのを阻止したかったのかもしれません。昨年の春に、米国サンディエゴで開催された IA Summit 2014 に先立って行なわれたインタビューを読むと、彼は自分が特別な存在ではないと伝えたかったように感じられます。

そのインタビューで彼は、情報アーキテクチャへの思いを率直に語っていました。これからインフォメーションアーキテクトになりたい人へのアドバイスを聞かれた彼は、「チャールズ・ブコウスキーの『so you want to be a writer?(そうか君は作家になりたいのか)』を読むといいよ」と答え、この詩へのオマージュをこめて、こう伝えています。「大金や名声や人気を手に入れたいなら、インフォメーションアーキテクトになるのはやめとこう。抑えきれない熱意が湧いてこないなら、情報アーキテクチャを仕事にするのはやめとこう」と。そして、経験者へのアドバイスとしては、「ちょっと一息ついて、自分にとって興味があること、大切なこと、得意なことを見つめ直そう」と呼びかけました。そして彼自身は、「情報」と「文化」の関係にますます興味を抱くようになり、その「未知のつながり」が、アジャイルUXやリーン分析やレスポンシブデザインといったものを全部足したものより、大きな存在になっていくような予感がすると述べています。

実は、このインタビューや、IA Summit 2014 でのスピーチで語られたことが、その数ヶ月後に発売された著書『Intertwingled』の「予告編」となっていました。スピーチの翌日に公開されたその原稿には、この本のエッセンスが豊富に盛り込まれていたのです。本には出てこない「見知らぬ人からの親切(the kindness of strangers)」※2というキーワードを交えて彼が示したのは、世界が「錯綜」しているからこそ、私たち人間にはつながり合う可能性があるということでした。

そして、今回完成した『Intertwingled』の中では、『アンビエント・ファインダビリティ』以降も、より複雑な形で私たちに影響を及ぼしつつある「権威」に振り回されず、自分らしく生きるための知恵を、分かち合ってくれたのです。

ピーターへの「公開書簡」

IA Summit 2014 が閉会した翌日、ピーターはそのスピーチ原稿を、テキスト投稿サービスとして人気の高い「Medium」で公開しました。イベントに参加していなかった私は、そこで初めて、今回のスピーチで彼がどんなメッセージを伝えたのかを知りました。「Medium」というWebサイトに、同じく「Medium」と題した記事を投稿したことは、ジョーク好きな彼の性格をよく表しています。でもそれは、ただの語呂合わせに終わってはいません。マーシャル・マクルーハンの『メディア論』の引用から始まるその記事は、彼自身の経験を踏まえながら「メディアとメッセージ」の関係性を語ると同時に、情報アーキテクチャについて深く見つめ直すものでした。

彼の話に刺激された私は、その数日後に、同じくMediumでピーターへの「公開書簡」を書きました。「Message from a Ghost Information Architect」と題し、自分でも驚くほど一気に書き上げたこの記事を読み返すと、そのときの高揚した気分と、英語のリズムに身をゆだねることができた心地よさを思い出します。

「Ghost(ゴースト)」という言葉を含むそのタイトルは、怪しげに見えるかもしれません。私はちょうどその頃、インフォメーションアーキテクトとしての仕事にどう向き合っていくべきか悩んだ結果、なるべく物静かに、まさにゴーストのように、自分にできることを地道にやろうとしていました。一方、自分の周りに目を向けると、国内外を問わず、どんな肩書きを名乗るかということが、多くの人たちの関心の的となっているように見えました。大切なのは、自分に何ができるかであって、それを先入観なく判断してもらうには、むしろ肩書きなどない方がいいのかもしれない。そう感じていた私の心に思い浮かんだのが、「Ghost Information Architect」という言葉でした。世界中で誰も使っていないはずの、その肩書きには、まだ何の定義もありません。私はそれを名乗ることで、一般的な肩書きが必要とする定義に付いて回る「意味」を、無効化しようとしたのです。

もう一つ、私がピーターに伝えたかったのは、「文化」についての彼の見方への共感です。文化を変えることの難しさを示したピーターに共感した私は、スチュアート・ブランドの「文化が踊る大々的なスローモーションのダンスは、100年でも1000年でも続く」という言葉を引用しました。でも同時に、文化を変えるのは決して不可能ではないと伝えようとする彼らの言葉が、心に残ったことにも触れています。そして「文化」は、『Intertwingled』でもきわめて重要な要素となっています。翻訳に着手してからというもの、私はピーターの文化的なバックグラウンドの豊かさに驚きながら、さまざまな理論をインプットし、小説や詩を読み、音楽を聴き、時には汗だくになって走りながら、彼のメッセージをより深く解釈しようと努めることになったのです。

日本語版の発売にあたって

こうして、次第にその姿を明らかにしていった『Intertwingled』は、2014年8月にAmazon.comで英語版が発売されました。今回、ピーターは初のセルフパブリッシングを試みているため、日本語版も既存の出版社を経由せずに、同様のプロセスで出版します。

その発売に先駆けて、以下のページで日本語版サンプルを公開しました。

このページでは、序章と1章を含む無料のサンプルPDFファイルをダウンロードしていただけます。また、1章「自然(Nature)」の抜粋を掲載しています。

日本語版タイトルに付けた「錯綜する世界」という言葉は、『アンビエント・ファインダビリティ』の第4章のタイトルでもあります。その章には、私にとって忘れられない一節がありました。それは、経営していた会社を閉鎖し、進むべき道を模索していたピーターが、一人でヨセミテ国立公園を訪れたときの描写でした。

頂上に着いた時、かつて見たことがないほどの息をのむような絶景が広がる中で、自分が一人ぼっちであることに気づいた。私はしばらくそこに座り、シエラネバダ山脈の美しさと静寂を楽しんだ。それからポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出して、母に電話をかけたのだ。テストテスト、聞こえるかい?ピーター・モービル『アンビエント・ファインダビリティ』

感情を抑えて綴られたこの文章に、私は強く心を打たれたのでした。そして、自然の雄大さに圧倒されながらも、彼が手にしていた小さな「技術」の結晶が、どんな意味を持っているかを、あらためて実感したのです。

「技術」が進化し、私たちがそれを自分の一部のように利用することで、「技術」と人間の「錯綜」は、ますます深まっています。でも私たちは、文化や自然という、もっと大きな「錯綜」した環境の中で、生かされているのです。「技術」がもたらす脅威に晒される一方で、確実にその恩恵を受けながら。

アンビバレントな存在である「技術」と共に、どう生きるかを考えていくことが、『アンビエント・ファインダビリティ』で示された、私たちの終わりなき「旅」だったのです。

その場面から、ずいぶん長い月日が経ちました。今回のピーターの旅も、アイル・ロイヤル国立公園という厳しい自然に囲まれた場所で、一人立ち尽くすところから始まります。『Intertwingled』で、さらなる「未知のつながり」を探し求めるピーターを追いかけて、みなさんも旅に出てみてください。


日本語版についての付記

2015年1月30日発売予定の日本語版は、電子書籍(Kindle本)のみでの発売となります。より多くの読者の方に気軽にお読みいただけるよう、印刷版の同時発売を行わないことでコストを削減し、価格を大幅に抑えました。日本語版については、印刷版の発売は未定となっておりますので、あらかじめご了承ください。